天巫泰之先生の日記

2011-02-21

神道の只今

今思いますことは、幸せへの道程に近道はないのだということです。いまだに未熟な私ですが、人としての最大限の努力もせずに開運しようとするのは安易すぎる考え方のように思います。そうした思いに到ったとき、心が晴れやかに澄み渡り、生まれてはじめて本当に目覚めたような気がしました。

生きる意味とは、学んで自己を覚醒させること。御霊を目覚めさせることのために存在しているのです。目覚めてしまえばすべての使命を終えて、すべての運命という計画は完結します。輪廻から卒業です。

目覚めや悟りとはどういうことなのでしょう。目覚めとは自分自身を愛するということです。自分自身を完全に理解するということです。人は誰でも元々奥深い意識ではすべてを悟っている存在です。この世での学びのために記憶を封じ込めているにすぎないのです。

すべてのものは私たち自身です。「我即宇宙」です。
私たちはすべて同一な存在。孤独でありながら、共有された存在だということです。どんなに異なるものに思えても、元をただせばひとつの存在なのです。

神道には終末の概念がありません。「只今」の教えです。と言っても今さえよければそれでよいという教えではなく、今を生きるということを奥深く諭している言葉なのです。

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