天巫先生の日記

2011-06-02

運命ってなに?

幼い頃から「運命」とはなんなのだろう? ほんとうに運命は定まっているものなのだろうか? と考え続けてきました。それでさまざまな占いを試し、学び、自分でもオリジナルの占いをつくってしまいました。西洋の占いは天体からの影響を重視し、東洋の占いは地球からの影響を重視しているように感じました。

今現在の私が考えている占いとは、器をみるものであるということです。器に入る魂でかなりの個人差がでるものと思います。生年月日がおなじでも、おなじ運命になるとは思いません。私の同級生とはおなじ生年月日で、似たような性格、運勢も似ていましたが、まるで異なる人生を歩んでいます。人にいちばん大きな影響をあたえるものは人間関係です。

世界の運命も人の運命も、世界には多元的宇宙があり、いくつもの選択肢があり、たとえこの世界で運命から逃れていたとしても、ほかの世界では運命の選択肢のひとつにワープしているとしたらどうでしょう。人は産まれるさい、魂がどんな人生を送れるかを計画して、人のなかにはいってくる。その魂がすべて選択して定められたシナリオどおりに生きているようです。魂は自分自身とは別の存在でありながら、自分自身でもあるのですから、結果的には自分自身が選択して生きているのやもしれません。

計画どおりに生きるのであれば、なぜ、たとえば人から殺害されて亡くなり、恨み祟ったものはあの世で悲惨な世界に逝くのかという疑問がわきます。多くの霊能者たちが、殺人を犯した人のなかには平和な世界に逝く場合もあるけれど、殺害されたりして憤死した人の多くは過酷な世界に逝っているそうです。不思議ですね。

私はこう考えます。人それぞれの人生には、定められた脚本が渡されています。演出は自分のなかにいる魂やほかの霊的な存在、神仏だとします。役者である私たちは自分なりに演技します。一流の役者に負けないほどの真に迫った演技です。

さまざまな出来事は起こります。要は、それらの出来事に対してどう受け止めるか、どう受け入れるかなのだと思います。辛い出来事を前向きにとらえて踏み台とするか。人間的成長の肥やしとするか。自暴破棄となり、ひたすら自信をなくし、堕落していくだけか。恨み怒りにとらわれていくのか。自分自身の心の在り方であの世の世界の場所と来世が定まるのではないでしょうか。

しかし、運命は確定しているわけでなく、ひとりひとりの思いによって変化しうるものだとも思います。よく、あなたが変わらなければなにも変わらないと語る人がいます。ちがうのです。本来のあなたになればよいのです。今のあなたはまだ大きな殻をかぶっています。まだほんとうのあなたではありません。そのことをまだ知らないだけです。本来のあなたに戻ればよいのであって、まるで別人格になれということではないのです。ほかの人のようになれ、など、人の命を軽んじた愚かな言葉です。

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